|
Enanta Pharma v. Pfizer Fed. Cir. 2026年6月23日 URL LINK OPINION by Lourie, joined by Bryson and Chen (Circuit Judges) 数字1文字の違いが特許の運命を決めた事件 Summarized by Tatsuo YABE – 2026-06-29 |
本件は、特に化学・医薬分野では、C1 (仮出願)↔ C2 (本出願)のような「数字1文字違い」は致命傷になり得ることを改めて示した判決である。 仮出願では「C2-C12」、本出願では「C1-C12」とされていたが、CAFCは「仮出願のC2は本出願のC1の基礎にはならない」と判断した。優先権が否定された結果、Pfizerの公開したnirmatrelvir(Paxlovid®の有効成分)が先行技術となり、特許は無効となった。CAFCは「エタノールの開示がメタノールの開示になるわけではない」との印象的なたとえを用いて、その理由を説明した。 (以上筆者)
注: パキロビッド(Paxlovid®)は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の増殖を抑えるファイザー社開発の経口抗ウイルス薬
***********************************************
■ 権利者: Enanta
Pharmaceuticals, Inc.(原告・控訴人)
COVID-19治療薬関連化合物の特許権者。
■ 特許: US 11,358,953 (以下US953)
コロナウイルス複製を阻害する化合物に関する特許。
出願日: 親出願(2021年7月19日)からの継続出願
■ 仮出願: US
Provisional Application No. 63/054,048
出願日: 2020年7月20日
仮出願の明細書では、置換基(substituent)の定義として”—NHC(O)—C2-C12-alkyl”が記載されていた。
■ 発明の概要:
COVID-19治療薬に用いるプロテアーゼ阻害化合物。争点となったのは化合物そのものではなく、置換基の炭素数範囲であった。
仮出願
—NHC(O)—C2-C12-alkyl (炭素数2~12)
本出願・成立特許:
—NHC(O)—C1-C12-alkyl (炭素数1~12)となっていた。
US953のクレーム1:
下記Formula (VI-6a)で表される化合物、又は、その医薬上許容される塩。
X は —CN であり、A は任意に置換されたC1-C8アルキル基、又は、任意に置換されたヘテロアリール基である。
■ 被疑侵害者: Pfizer
Inc.
COVID-19治療薬 Paxlovid®を販売。
Pfizerが2021年4月6日に公開したプレゼンテーション。そこにはnirmatrelvir(後のPaxlovidの有効成分)が開示されていた。 nirmatrelvirは —NHC(O)—C1-alkyl を含む化合物であり、Enanta特許のクレームの特徴を満たす(両者に争いはない)。

Enantaの主張
仮出願のC2-C12は単なるタイプミスであり、本来は
C1-C12 のつもりだった。したがって、本出願は仮出願の優先権を享受できる。
Pfizerの主張
仮出願には置換基としてC1は開示されていない。したがって優先権は認められない。すると有効な出願日は2021年7月19日以降となる。その前に公開されたPfizerのnirmatrelvirが先行技術となり、特許は新規性欠如(anticipation)で無効となる。
■ 地裁判決(D. Mass.)
Pfizer勝訴。US953は新規性なし、故に無効。
理由
仮出願の C2 が C1の明白な誤記(obvious typographical error)とは認められない。
したがって、C2-C12からC1-C12への変更は、単なる誤記の訂正ではなく、クレーム範囲の拡張である。
その結果、仮出願への優先権は認められず、Pfizerの公開資料によってUS953は新規性なし。
■ CAFC判決
結論: 地裁判決維持(Affirmed) 特許無効。
CAFCは、本件はAriad
Pharma v. Eli Lilly (Fed. Cir. en banc: 2010)やIn
re Ruschig (CCPA 1967)のような「明細書の開示がクレームをサポートするか」という典型的な米国特許法112条(a)項のWritten Description要件(明細書の記述要件)を満たすか否かではないと述べた。
Ariad事件では明細書の記述が広範なGenusクレームをサポートするかが争点だった。In re Ruschig事件では広範なGenusの記載(明細書)が後にクレームされたSpeciesに対する十分なサポートとなっているかが争点となった。 しかし、本件はもっと単純で、仮出願の「C2」が本出願の「C1」をサポートするかである。
CAFCの判断
仮出願では具体的な化学置換基としてC2-C12のみを開示している。化学置換基としてC1はどこにも開示されていない。 仮出願中に一般的な「C1」の記載がどこかにあるだけでは足りない。問題となる具体的な化学置換基としてC1が開示されている必要がある。したがって、当業者は、仮出願の出願日において発明者が化学置換基としてC1を所有(発明)していたとは理解できない。
専門家宣言も不十分
Enantaの専門家は、明細書の別箇所に矛盾があるため仮出願の「C2は誤記だった」と意見した。 しかしCAFCは、問題の箇所そのものが誤記であることを示していないとして退けた。
CAFCは、本件は、「エタノール(お酒のアルコール:二炭素アルコール)」を開示したからといって、「メタノール(有毒アルコール:一炭素アルコール)」まで開示したことになるのか、という問題に似ている。 両者は炭素原子が1個違うだけで化学構造も非常によく似ている。 しかし、エタノールは飲用可能であるのに対し、メタノールは失明や死亡を引き起こす危険な物質である。 このように、構造が少ししか違わないからといって、一方を開示すれば他方まで開示したことにはならない。 本件でも同様に、「C2」を開示したからといって、「C1」まで開示したことにはならない。
実務上の教訓(Take Away)
□ 仮出願に記載されていない数値・範囲を優先権の基礎とすることはできない;
□ 「明らかな誤記だった」という専門家宣言だけでは112条(a)項の記述要件を補えない;
□ 優先権判断では「発明者が本当に意図していた内容」ではなく「仮出願に実際に書かれていた内容」が重視される;
□ 化学・医薬分野では
のような数字1文字の違いが優先権喪失につながる可能性がある。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■